夏目漱石の「草枕」に想う

「今度、生まれ変わるなら

男と女のどちらがいい?」

 

この質問に、

みなさんなら、どう答えますか?

 

小説 本 夏目漱石 草枕

 

これは、私が某不動産会社で営業をしていた頃、

仕事終わりに、みんなで食事に行って

会話を楽しんでいたときに上司がした質問です。

 

その時いた7〜8人のメンバーが

「俺は、女性だな」とか

「私は、・・・・してみたいから男!」とか

それぞれ話し出して。。。

 

私の順番になって、私が言ったこと。。。

それは「もう、生まれ変わらなくてもいい」でした。

 

みんなが「えっ!?」という顔をして

私の方を見たのを覚えています(笑)

 

その時、上司に

「なんで、そう思うの?」と聞かれたので

「生きるのは大変だから、もういいです」と答えた。

 

一緒に働いていた女性の一人が

「私、生きるのが大変なんて

思ったこともないんだけど」

と、周囲の笑を誘っていました(笑)

 

「生きるのは大変だ」という感覚は、

十数年経った今も、さほど変わっていない。

かといって、人のいない国にもいけず。。。

 

こんな時、夏目漱石の「草枕」の一説を

想い出すんですよね。

 

 

↓夏目漱石「草枕」より

 

山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。

 

智(ち)に働けば角(かど)が立つ。

情(じょう)に棹(さお)させば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とかくに人の世は住みにくい。

 

住みにくさが高(こう)じると

安い所へ引越したくなる。

 

どこへ越しても住みにくいと悟ったと時、

詩が生まれて、画(え)が出来る。

 

人の世を作ったものは

神でもなければ鬼でもない。

 

やはり向こう三軒両隣りに

ちらちらするただの人である。

 

ただの人が作った人の世が住みにくいからといって、

越す国はあるまい。

 

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。

人でなしの国は人の世よりも

なお住みにくかろう。

 

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